hon de honwaka

一期一会の本と日常のおはなし

【エルマーとブルーベリーパイ】甘くて美味しくて

温かくて素朴で

「エルマーとブルーベリーパイ」

(ほるぷ出版 2017年6月24日 第1刷発行)

作/ジェーン・セアー 

絵/シーモア・フレイシュマン 

訳/おびかゆうこ

どんな絵本…

日本語翻訳版は2017年ですが、

原作が発表されたのは1961年、

今から60年以上も前に書かれた作品です。

原題は「THE BLUEBERRY PIE ELF

(ブルーベリーパイの妖精)。

日本語タイトルのエルマーとは、主人公

とあるお家に住んでいる小さな妖精の名前です。

 

原作者のジェーン・セアーさんは1904年、

米国イリノイ州、シカゴ生まれの方。

大学卒業後、コピーライターとして働きながら

児童書や絵本の執筆をはじめました。

 

イラストを描いたシーモア・フレイシュマンさんも

1918年の、同じシカゴ生まれ。

第二次世界大戦中は米軍兵士として

地図制作などに従事した経験もある方です。

 

そんなおふたりが手がけた本作は、

素朴であどけなく無邪気な妖精エルマーの

ブルーベリーパイ愛が溢れる物語です。

 

どんなストーリー…

小さな男の子妖精のエルマーが、

その家の人たちと一緒に

実を摘むところから手伝って作った

とろけるように あまくて おいしい

ブルーベリーパイ。

 

と言っても妖精であるエルマーは、

人間には見えません。

人間はエルマーの存在を

まったく感じとることができないのです。

 

一度食べたら大のお気に入りになった

ブルーベリーパイを何とかしてもう一度

家の人たちに作ってもらおうと

あの手この手悪戦苦闘するエルマーの挑戦が

ユーモアたっぷりに描かれていきます。

 

エルマーに奇跡は起こるのでしょうか?

それは作品を読んでのお楽しみとして

ここでは私が本作のなかで一番のともいえる

お気に入りなったシーンの文章を抜粋して

締めくくりとします。

エルマーは、ブルーベリーパイのことを

なんとか わすれようとしました。

ブルーベリーパイが どんなに いい においだったか、

どんなに おいしかったか、かんがえないようにしたのです。

あっちへ こっちへ あるきまわったり、

めを ぎゅっと つぶったり、

まくらの したに あたまを つっこんでみたり、

 

でも、なにをやっても

ブルーベリーパイを わすれることは できませんでした。

みなさんには、ありますか?

エルマーにとっての

ブルーベリーパイみたいなもの。

 

【わたしたちをつなぐたび】母と子の出会いと

そして、これからと。

「わたしたちをつなぐたび」

(WAVE出版 

2023年6月20日 

第1版第1刷発行)

文/イリーナ・ブリヌル 

絵/リチャード・ジョーンズ 

訳/三辺律子

 

原題は「The Child of Dreams」

(日本語訳 「夢の子」)

 

どんな物語…

美しい緑に囲まれた奥深い場所に

小学校2、3年生くらいの女の子が

お母さんとふたり、仲良く暮らしていました。

 

穏やかな暮らしが続くある日、

ふと女の子はある疑問を持ちます。

そして

その問いをお母さんに投げかけるところから、

女の子の日常は

いつもとは違った方向へ動き始めます。

 

私たちはどこから来たのでしょう。

自分が何者なのか、

物心ついたころからそれは

私たち人間誰しもの大きなテーマかもしれません。

 

当たり前にあると思っていた

両親というルーツが、もしもなかったとしたら?

それはどんな心持ちを

その人の中にもたらすのでしょう?

 

ふとしたことをきっかけに、

主人公の女の子の胸に浮かんだ疑問は、

そんな誰しもがたどり着くであろう

大きなテーマを抱いていました。

 

たとえどんなに

女の子に対するお母さんの愛が深くても

「夢から生まれた」

コウノトリが運んできた」

というお母さんの答えに

女の子はどうしても納得できません。

 

女の子は森の動物たちに

自分がどこから来たのかを聞くため

出かけることにしました…

 

この物語の魅力は…

どこから来たのかもとても大切なことですが、

これからどこへ行くのかも、

それより更に大切なことだと、

この物語は伝えてくれています。

 

物語の終盤、

女の子がたどり着いた先にいたのは、

大きな孤児院の門の前でぽつんとひとり

自分を迎えに来る誰かを待つ小さな男の子

 

その子との対話によって、

女の子の心にはお母さんの愛情が

真っ直ぐに蘇ってきました。

 

非常に重いテーマを扱いながら、

暗くなることなく、

向き合い続けることによって

道は開けていくということを教えてくれた物語でした。

 

心が穏やかに優しくなるような

グリーンをメインにした色合いの

淡く優しいイラストもとても素敵です。

 

振り返れば、

思いがけないこと思い通りではなかったことは

誰しもの経験の中にあると思います。

それがもし

自分は誰なのかという何より大切なことなら、

尚更悩み時には苦しい夜を迎えることも。

そこに視点を留めた時間のあとで、

これからに目を向けていけたら

少し違った景色が見えそうです。

【アーノルド・ローベルの へんてこな とりたち】飛べるのかな?

これが1971年に発表された作品だなんて。

アーノルド・ローベルの へんてこな とりたち」

(好学社 2023年4月18日 第1刷発行)

作/アーノルド・ローベル 

訳/こみや ゆう

どんな絵本…

「がまがえるとかえるくん」シリーズなど

多数の人気作品を手がけた

アーノルド・ローベルさん(1933-1987)。

アメリカのカリフォルニア州生まれ。

tokinoakari.hatenablog.com

本作の日本語版が発行されたのは昨年ですが、

原作は1971年に

「THE ICE-CREAM CONE COOT AND OTHER RARE BIRDS」

というタイトルで発行されたものです。

 

ユニークで自由で

見る者をなるほどと感心させる説得力のある

不思議な鳥たちが登場するのですが、

その発想といいフォルムや色合いといい、

50年ほど前に書かれた作品とは思えないほどの

瑞々しい鮮度を保っています。

 

どんな内容…

原作のタイトルと表紙絵に登場する

アイスクリームクイナ」をはじめとして、

カメラコケッコ」や「ゴミバケツカナリア」など

名前からして不思議な、

でもどこか身近な鳥たちが

ページをめくる度に次々に登場します。

 

鳥たちには

その独特な姿を描いたイラストとともに、

それぞれの鳥が持つ習性や特徴を表す

短い説明文が添えられています。

 

たとえば「オタマヒバリ」は

ゆげが たつほど むしむしする、くさ ぼうぼうのジャングルで、

オタマヒバリたちの なく こえが きこえます。

一体どんな鳴き声だと思います?

きっと勘の良い皆さんならすでに想像してるはず。

実にアメリカらしい鳴き声です。

イラストの中では8羽のオタマヒバリが、

それぞれに違った声で鳴いています。

答えは一番下に記してみましたので、

ちょっと想像してみてください。

 

ほかにも「ドードーオサツ」とか

ボタンブーツモドキ」、「コンセントアマツバメ」など、

もしかしたらうちにもいるかも?

と思えるような楽しい鳥たちが、

クスッと笑わせてくれました。

 

翻訳家の小宮由さんの日本語訳も絶妙です。

小宮さんは東京都、阿佐ヶ谷で

家庭文庫「このあの文庫」を主宰。

主な訳書に『ワニのクロッカス なにができる?』

『ロベルトのてがみ』などがあるそうです。

本作の魅力的な訳を読んで、

こちらの作品も気になりはじめています。

 

さて、それでは前出の

オタマヒバリ」の鳴き声の答えを。

真ん中の一羽は ♬{オックステールスープ}♬

下のほうの一羽は ♬{トマトクリーム}♬

パープルカラーの一羽は ♬{チキンヌードル}♬

・・・ほかの5つは本作を見てのお楽しみに。

皆さんの思い描いた鳴き声はあったでしょうか。

 

以前記事にしたアーノルド・ローベルさんの作品も。

tokinoakari.hatenablog.com

tokinoakari.hatenablog.com

tokinoakari.hatenablog.com

【さばくのジン】こころにジンがいるときも

ジンとは?

「さばくのジン」

福音館書店 

2017年3月1日月刊「こどものとも」発行/

2023年1月10日 第1刷)

文/新藤悦子 

絵/荒木郁代

※本作は「ことものとも アジアのおはなし 

10冊セット」のなかの1冊です。

 

どんな絵本…

英題は「DJINNS」

ジン(djinn)とはどういう意味か

知らなかったので検索してみました。

 

weblio英和和英辞書によると

ジン。アラブ世界における精霊や妖怪、魔人など超自然的な生き物の総称

また

コーランで言及されて、イスラム教徒により、地球上に生息し、人間または動物の形で現れることにより人類に影響すると信じられている見えない精神

とありました。

 

作者の新藤悦子さんは

愛知県豊橋市生まれ。

津田塾大学国際関係学科卒業。

トルコなど中近東に関する著作を多く手がける。

※本書の作者紹介より

中近東の生活や歴史等に詳しい方による絵本です。

 

どんなお話…

主人公の末っ子シャーは

とうさん、かあさん、5人のにいさんたちとともに

家族でキャラバンを生業にしています。

キャラバンは、らくだに商品となる荷物を積んで

砂漠のなかを町から町へ運ぶ隊列のこと。

 

家族にとって、砂漠で最も恐ろしいと

思われているのが「ジン」です。

ジンは砂漠にいる魔物で、砂嵐を起こしたり

キャラバンを砂漠に飲み込んでしまうのです。

 

そんな恐ろしいジンですが

かあさんが奏でるケマンチェという楽器の音を聞くと

大人しく穏やかになるのだと

とうさんはシャーに教えてくれました。

 

それを聞いたシャーはかあさんから

ケマンチェの弾き方を習い始めますが…

 

作品の魅力は…

ある時、かあさんのいないキャラバンで

代わりにケマンチェを託されたシャーが

どんなふうに恐ろしい「ジン」と

向き合っていったか

 

砂漠を表す薄茶色に染まった画面のなかで

細やかな筆づかいで描かれるのは

末っ子シャーの成長していく姿と

毛むくじゃらで鬼か獣のような「ジン」達が

ケマンチェの美しい音色によって変わっていく

けっして野蛮なだけではない様子

 

日本にいると砂漠のジンに会うことは

なかなかできないことではありますが

職場のジンや学校のジン、そしてなにより

自分の心に突如として現れるジンにも

美しい音楽の効果は当てはまりそうです。

 

ケマンチェとはどんな楽器なのか

本作を読んで音色を聞いてみたいと思いました。

www.youtube.com

www.youtube.com

(新藤悦子さんの他作品は

「いのちの木のあるところ」

「青いチューリップ」(日本児童文学者協会新人賞)

イスタンブルで猫さがし」

「アリババの猫がきいている」などがあります。)

 

【ぼくだってとべるんだ】ペンギンの子の願いは叶う?

飛び方もいろいろあります。

「ぼくだってとべるんだ」

(ひさかたチャイルド 

2020年4月第1刷発行)

作・絵 フィフィ・クオ 

訳 まえざわ あきえ

作者の紹介…

文章と絵を描いた著者のフィフィ・クオさんは

台湾生まれ、台湾育ち。台湾の大学で学んだ後

ケンブリッジ・スクール・オブ・アートで

子どもの本の絵を学びました。

本作が絵本作家としてのデビュー作です。

クラウス・フリューゲ賞にもノミネートされました。

どんなお話…

ページを開くとそこは

深く澄んだ青い海と真っ白な雪で覆われた大地。

遠くの山並みまですべては白銀の世界です。

その大地の遥か遠くに小さく見えるのは

丸みを帯びた黒い背中と同じく黒色の小さな翼

それに真っ白でふっくらとした

お腹が特徴的なペンギンの群れ。

 

このお話の主人公は

その群れの中の小さなペンギンの子。

空を飛ぶカモメを見上げて、その子は思います。

ぼくも はやく おそらを とびたいな

 

カモメに聞いても

お父さんペンギンに聞いても

ペンギンは空を飛べないと言われますが

子ペンギンは諦めません。

小さな羽を一生懸命パタパタ動かして

高いところから思いっ切りジャンプします…

この作品の魅力は…

まず愛らしいペンギンのイラストに注目です。

黒と青のクレパスで粗くサラリと描かれた

素朴なイラストが優しい印象を与えてくれます。

 

冷たく寒いはずの氷と雪の世界も

この柔らかいタッチで描かれた

愛嬌のあるペンギンの顔と動作を見ているうちに

ほっこり温かなものに。

 

そして、とにかく飛びたい一心で

一生懸命な子ペンギンが可愛らしいです。

一度や二度の失敗では挫けません。

 

再び高い丘の上から飛ぼうとしますが

今度は勢いよく滑って下へ下へ。

思いっ切り大きな音を立てて

海の中へ落ちてしまします。そして…

 

本書の著者紹介欄によると、著者は

ものごとにはいくつもの側面があって、

見かたを変えると、新しい真実が見える

ことをこの作品で表現した。

とありました。

 

青と白に澄み渡る美しい世界の中で

自分の飛び方を見つける子ペンギンと一緒に

物語の中に飛び込めば

お子さんだけでなく

大人の皆さんもそれぞれの飛び方について

考えてみるきっかけになりそう。

 

いろいろなことが起こる世の中ですが

どんな未来が待っていようと

ペンギンの子のように

今自分ができることを一生懸命前向きに

取り組んでいれば、そのこと自体が

自分を支える柱となってくれると思います。

 

【キオスク】お店と一体化しちゃってる⁉

店員オルガの夢はどんな夢?

「キオスク」

潮出版社 2021年5月1日 初版発行)

作/アネテ・メレツェ 

訳/くろさわあゆみ(黒沢歩)

どんな物語…

さて「キオスク」とは。

改めて意識してみるとよくわかってない自分。

まずはキオスクを調べてみることにしました。

 

日本では駅売店キヨスクと呼ばれていますが

この絵本のなかの形態はちょっと違います。

 

ウィキペディアによるとキオスクは

中東や地中海沿岸などで発達した、庭園の簡易建造物

そこから現在のヨーロッパなどでは

仮設小屋の一種で、一方の壁面に大きく開いた窓のあるものを指す。…

道路や公園などにキオスクを設置して新聞、雑誌、地図、ライター、タバコ、菓子など安いものを売っており…

とありました。

この絵本のキオスクはそんな

道路の真ん中に設置された

キオスクのなかで働く女性オルガのお話です。

 

物語の魅力は…

長年働いてきたからなのか

オルガの身体はキオスクのサイズに

ぴったり収まって、キオスクのドアから

外に出ることができません。

食事も歯磨きもキオスクの中、

もちろん就寝もキオスクの中です。

 

オルガの日常は、同じことの繰り返し。

新聞を買うお客さん、タバコが目当てのお客さん…

不満があるわけではないのですが

窓から見えるのはいつも同じ見慣れた景色。

オルガには海辺の夕日を眺めたいという

ささやかな夢がありました。

 

ある日オルガのいつも通りの日常に

ほんの些細な変化があります。

その指先わずか数センチほどの違いが

オルガを思わぬ世界へと運んでいくのです。

 

愉快で微笑ましいストーリーにぴったりの

カラフルでポップでマンガチックな

見ているだけで楽しくなっちゃうイラストも必見です。

 

キオスクサイズのオルガの愛らしくコミカルな動作に

日々の悩みも吹き飛んでしまいそう。

 

作者と本作ついて…

作者のアテネ・メレツェさんは

1983年ラトビア生まれ。

ラトビア芸術大学

ルツェルン応用科学芸術大学で学び、

現在はスイスのチューリッヒを拠点に

絵本やアニメの創作活動をしています。

 

本作絵本と同じストーリーの

短編アニメ映画「キオスク」があり

世界各地の映画祭で受賞しているそうです。

YouTubeにも

同アニメーションが掲載されていました。

www.youtube.com

年末年始は、なにも余計なことは考えず

オルガとキオスクの世界に

すっぽりとハマってクスッと笑って

良いお年をお迎えくださいませ。

【三つ編み ラリタの旅】娘の未来のために

娘ラリタのために母スミタの取った行動とは。

「三つ編み ラリタの旅」

(アンドエト 2021年8月18日 初版第1刷発行)

作/レティシア・コロンバニ  

絵/クレマンス・ポレ 

訳/新海知絵

どんな絵本…

こちらの作品には原作の小説があります。

それは2017年5月にグラッセ社から発行され

ベストセラーとなった「三つ編み」というタイトルの

フランス語で書かれた小説です。

 

舞台はインドです。

明るく鮮やかな色合いの服を着て

優しく微笑む母子が描かれた絵本の表紙からは

想像ができなかった物語の世界が

ページをめくるごとに胸に迫ってきました。

 

絵本の中では、画家による美しいイラストと共に

フランス語の原文が記され、そのページ全体の下部

幅3cmほどの茶色の帯状スペースに

白抜きで日本語訳が添えられています。

 

どんな物語…

学校に行ったことのないラリタの両親

 

「触れてはいけない者たち」

を意味する不可触民としての生活

 

農民の家の、土で掘った穴で用を足す

トイレの掃除が母スミタの仕事

 

父ナガラジャンが素手で捕まえた

野原のネズミが家族の食事

 

物語の始まりには

そこに生まれたために

何世代にも渡って続く差別的境遇が

克明に鋭い言葉で描かれていきます。

 

なんとか娘ラリタを

学校に通わせようとする母スミタですが

村の中の学校では上手くいきません。

とても酷い目に合い

学校から戻ってきたラリタを見て

スミタはある決心をします。

 

その決心を実行するのは命がけです。

それでもスミタは

娘の未来のために立ち上がります。

 

 

タイトルの「三つ編み」にも重要な意味があります。

インドの女性たちは、

生まれてから長い間髪の毛を切らず

中には一生のばし続ける女性もいるそうです。

ラリタの髪もスミタの髪も長くのばされています。

この長い髪の毛が、

母子を新天地へ導くための重要な役割を果たします。

 

どうぞふたりの旅の行方を

ぜひ絵本を読んで見守ってください。

 

物語の要所要所にインドならではの

習慣や信仰も描かれていて

私はこの世には知らないことが多く存在し

自分の価値観がいかに小さな小さな範囲に

留まっているかを目の当たりにした気がしました。

 

スミタが信仰しているのは

ヒンドゥー教ヴィシュヌ神ですが

クリスマスが近づく今の季節にこの絵本を読んで

同じ地球に住んでいる

自分とは全く違う人生を送っている誰かに

思いを馳せるきっかけにしていただきたいと

強く思った一冊です。