秋分の日です。昼の長さと夜の長さが同じになる日といわれていますが、実際には昼のほうが少し長いということです。
「 風がはこんだ物語 」(あすなろ書房 2018年9月初版) 著者 ジル・ルイス 絵 ジョー・ウィーヴァー 訳者 さくまゆみこ
この物語が生まれたのは…
イギリスの獣医であり作家の著者が、現実の世界にいる大勢の難民の物語に、モンゴルの誇り高き白馬の伝承物語を織り交ぜながらつくられました。
「スーホの白い馬」(大塚勇三文 赤羽末吉絵 福音館書店)に描かれるモンゴルの馬頭琴(モリンホール)の物語は、ご存じの方も多いかと思います。
冒頭から哀しみが広がる…
故郷を追われ、今にも荒波に飲み込まれそうなボートのうえの8人と1匹。住む家や家族や普通の日常を失った哀しみが、真っ暗な闇の海に頼りなく漂い浮かんでいます。
見知らぬ8人が紛争を逃れるため、取る物も取り敢えずに飛び乗った簡易なゴムボートの上で、少年ラミは思います。
すべてが、別の世界のものになってしまい、
今はもう手にすることができない。
死も、こういうものかもしれない。
愛していたものから引きはなされ、
大事なものをすべて置き去りにして、
もうもどることができないのだから。
ささやかな希望のひかり…
少年がたったひとつ手放さなかったものの中に、ボート上の人々は自分の人生を重ね、希望のひかりを見出します。それは食べ物でも飲み物でもなく、バイオリン。ラミはボート上の人たちに乞われ、音楽でスーホと白い馬の物語を紡ぎます。
スーホと白い馬のエピソード、物語に合わせてラミが奏でる恋の歌や家族の調べは、豊かな思い出を呼び覚まし、絶望の暗闇と不安の海から、それぞれの胸にひとすじの希望をもたらすのです。
馬頭琴の素朴で力強く美しい音色です。プロの方の卓越した演奏も素晴らしいですが、こちらの演奏が本書の物語に一番合っていると思いました。
絵も見どころです…
物語に寄り添うように描かれた絵が、静謐で悲しみに満ちた、けれども力強さも感じさせる物語の世界を表現しています。主に木炭や群青色のインクを使って描かれたらしい本書の絵は、ケイト・グリーナウェイ賞候補となりました。
本書は2018年出版ですが…
それから4年が経った今、難民の問題も戦争の問題も、ますます深刻さを増しているように思います。
ボート上の8人と1匹には、それぞれに名前があり人生があります。
少年ラミ、若い母親ノル、その夫ムスタファ、6歳の息子バシャール、娘アマニは4歳、若者ユセフと弟のハッサン、老人モハンマド…そして犬のビニ。
何万人何十万人の難民と言われる方たちひとりひとりにも名前と人生があるのです。
2022年の現在、私たちはこれからどこに向かうのでしょう。先の見えない世の中ですが、この少年のようにたったひとつの大切なものは、なんであれ手放さずにいたい。誇り高きスーホの白い馬のように。