現存する日本最古の短編小説集「堤中納言物語」
(つつみちゅうなごんものがたり)より
どんな作品…
今からおよそ900年ほど前のことだそう。
10編の短編小説と1編の断片からなる短編集で
作者はそれぞれ別人、書かれた時期も
平安中期から鎌倉初期と考えられています。
そのなかの1編である「虫愛ずる姫君」
(「虫めづる姫君」とも言われます。)
こんなにユニークで自由で
既存の常識を軽々と飛び越えた主人公を描いた作品が
900年も前に、日本で書かれたことを思うと
とてもうれしくなりました。
簡単なあらすじ…
周りの誰もが美しいという蝶よりも
毛虫のほうが大好きな主人公の姫君
その時代の当たり前といわれる習慣を完全に無視。
自分が良いと思ったことを貫きます。
当時ほとんどの女性が何の疑いもなくしていた
歯を黒く染める「お歯黒」や
自眉を抜いて墨で眉を書く「眉墨」も平気で否定
「人は、なにごとも、とりつくろったりするのは
よくないわ。自然のままがいいのよ。」
(引用:21世紀版 少年少女古典文学館 7
真っ白い歯と毛虫のように黒々とした眉で
男童(おのわらわ)たちと一緒に颯爽と虫集め。
姫君の両親の心配もどこ吹く風
仕える若い女房たちの困惑も物ともせず
「なにごとも、さとってしまえば、気にしたり
恥ずかしがったりすることはないわ。
夢まぼろしのようなこの世で、だれがいったい、
いつまでも生きながらえて、これはわるいこと、
これはよいことなどと見定めて、
判断したりできるでしょう。」
(引用:前出と同じ)
短いお話のなかにいろいろな楽しい要素が盛り込まれています。
姫君に興味を抱いた若者右馬の佐(うまのすけ)との
やりとりは姫君の可愛らしい一面を引きだし
登場人物が所々で詠む和歌は物語を引き締めています。
干刈あがたさんによる現代語訳では
和歌も現代語で訳されていますが、
紹介した絵本のなかでは原文が使用されていて
読み比べてみるのも面白いです。
原文と訳文を…
比べてみたら、いとおかし。
締めくくりに、物語冒頭の姫君の痛快な言葉を
原文とそれぞれの訳文を引用掲載します。
原文
「人びとの、花、蝶(てふ)やと愛づるこそ、はかなくあやしけれ。人は、まことあり。本地(ほんぢ)尋ねたるこそ、心ばへをかしけれ」
干刈あがたさん文
「世間の人たちって、蝶(ちょう)よ花よと外見の美しさばかり愛でるけれど、そんなのってうすっぺらでへんだわ。誠意をもって、ものごとのほんらいの姿を追求することこそ、人間にとってたいせつな尊い心がけだと思うの。」
森山京さん文
「世のなかには ちょうや花をかわいがるひとも
いるようだけど、それこそ おろかで、
いいかげんなことだわ。なにごとも
うわべだけでなく、もとからしらべるのが、
だいじな 心がけというものじゃないかしら」
読後すぐには、現代の虫愛ずる姫君はどこかにいるかしら?と思いましたが、
それよりも、虫愛ずる姫君・虫愛ずる殿方に私たち自身がなってみるのもいいですね。